[金融リスクの理論」Jean−Philippe Bouchaud and Marc Potters著、森谷博之、熊谷義彰訳、朝倉書店

2003年6月出版予定

ドラフト

訳者あとがき

本書の著者であるジーン・フィリップ・ブショーはアクティブ運用で知られるCAPITAL FUND MANAGEMENT S.A.(CFM,WEB site:www.cfm.fr)の会長かつチーフ・サイエンティストであり、マーク・ポッターはリサーチ部門のマネージング・ディレクターである。その研究成果は積極的に公表されているが、そのひとつが本書「金融リスクの理論」である。

年金運用などに多く採用されるパッシブ運用ではその理論的背景が積極的に説明され、投資家に対して透明度の高い戦略が提供されてきた。そのため利用される金融理論はノーベル学者、またはそれ相応の金融理論家が作り出した理論である。その根底にあるものは投資家の合理的行動であり、金融市場の均衡であり、そして平均と分散で記述される正規分布である。ここから出てくる結論は、投資家の効用を最大化する危険資産と安全資産への資産配分、最も効率的とされる有効フロンティア上の危険資産の選択、そしてグローバル・インデックス投資である。

一方、アクティブ運用では、絶対リターン・超過収益の達成が運用目標となり、市場の非効率性、アノマリー、裁定機会の探求などが積極的に行われる。現実の市場を直視し、日々の実データを詳細に分析することが行われる。ただし、アクティブ運用のマネジャーがその投資理論を詳細に公表することは一般には行われない。むしろ、アクティブ戦略を一貫した理論をもとに説明することは不可能であると考えられ、その部分がどうしても「アート」であるとか、「トレーディングの奥義」として片付けられてしまう。アクティブ運用の有効性を説明する理論はパッシブ運用の背後にある理論に比べると大きく劣る。

リスクは常に市場に存在する。そのために市場を詳細に、統計的に分析し、リスクを厳密に定義する必要性があると著者は考えている。ただし、市場を数値化し、機械的に統計的手法を用いることは危険であることから、価格増分が独立ではない場合、定常的でない場合、その背後にある原因なども若干ではあるが議論している。

本書で一貫して感じられることは真に工学的な金融市場、投資戦略のモデル化へのチャレンジである。完備な市場を前提にした理論では説明しきれない市場の動きを、オプション市場の実務家がスマイルという道具を用いて問題を解決したように、価格増分の分布、リスクの計測、ドローダウン、イールドカーブのダイナミクス、取引費用、配当、最適戦略などの要素をパーツとして扱い、直感的に最もしっくり行く組み合わせを実践で選ぶことができるようになっている。それは、できすぎた難解な数学を忘れ、厳密な思考と経験、そしてわずかな直感を用いて木を見て森を捕らえようとするアプローチである。

パッシブ運用は平等な富の分配と効率的な資産配分を目指すが、過度のインデックスへの信奉は責任回避、投資家不在の土壌を生み、非効率的な資産配分を生む。アクティブ運用は収益率の高い資産に資金が集中し、投資効率は改善されるが社会に勝者と敗者を生み出す。資産と負債のマッチングが強すぎれば、金融破綻は回避されるが、リスク資産は極端に減り、将来の経済成長は望めない。これらの問題を解決するには、理論的な枠組み、スクールに捕らわれない学術的、実務的な意見交換が活発に行われる必要がある。本書がそのような活動の一助でも担えることを願う。また、未来の技術革新のために、そして明日の食料を生産するために世界のいたるところで資金が必要とされている。大きなリスクを伴う投資が特に開発途上の国々で必要とされている。この本が読者の方々の投資判断、リスク管理に少しでもお役に立つことを願うと同時に、そのようなところに僅かな資金でも流れていくことを心から願う.

本書の翻訳の過程で、多数の人々からご教示、あるいはご激励をいただいた。本書の翻訳にすばらしいところがあるとすれば、それは彼らの尽力によるものである。心からお礼を申し上げたい。そして、2年以上にわたり出版の労をおとりいただいた朝倉書店の後藤力氏には心からお礼を申し上げる。また、川口達也氏には編集・校正を担当していただき内容の正確さ、読みやすさは飛躍的に向上した。心からお礼を申し上げたい。なお、著者との密接なやり取りにより翻訳には最善を尽くしたつもりであるが、至らぬところは訳者の責任である。

2003年5月

森谷博之

熊谷義彰